2013/12/26
書評を書かせていただく機会を得ました。現場中心で浅学非才の私にとり、またまた新しい学びとなりました。感謝して以下に紹介させていただきます。なお、以下の内容は投稿したものと必ずしも一致しません。
ISNN 0918-716
産業学会研究年報 No.28 2013
「新たな投資家の出現から考えるICTベンチャーの未来」
湯川 抗 著
(目次)
1.問題意識と研究の目的
2.研究の方法
3.Startup Acceleratorの分析
3.1. Y Combinatorのケーススタディ
3.1.1. Y Combinatorのパートナー
3.1.2. Y Combinatorのプログラム
3.1.3. Y Combinatorの成功要因
3.2. Startup Acceleratorの比較
3.3. プログラムの共通点
3.4. プログラムの相違点
4.Super Angelの分析
5.新たなICTベンチャーの成長パターン:Dropboxのケーススタディ
6.まとめ
(書評)
本論文は、ICTベンチャー企業の創業を支えるエコシステム(生態系)に着目し、エコシステムのサイクルを速める新しいプレイヤーの役割を明らかにしている。新しいプレイヤーとは米国でこの10年の間に実績を上げてきたStartup AcceleratorとSuper Angelであり、筆者は両者を「新たな投資家」と位置付けている。
本論文の貢献は、これら新たな投資家の登場背景と機能を探る中から、ICT産業では①起業が安価になり始めており、それに伴って起業家にとって資金よりも実質的なアドバイスの価値が向上していること、②短期間に成長することが可能になり始めていること、の2点を考察結果として示している点だ。加えて、ビジネスモデルよりも、自らのアイディアの正しさを迅速にマーケットに問い、修正を加えながらユーザーを増加させることの方が重要視され始めているとの指摘も示唆に富む。
そもそも、Startup AcceleratorとSuper Angelとは誰か。Startup Acceleratorは、自らが投資を行ってシードステージやアーリーステージ等の創業初期段階のベンチャー企業を育成するプレイヤー。同じく創業初期段階を対象とするビジネス・インキュベータとは違い、審査でビジネスプランは問題にならず、育成期間は3か月と短く、2~10%の株式を取得して奨学金相当の資金を提供し、成功した起業家のメンター群よりアドバイスが受けられる。
次に、Super Angelは、外部資金を取り入れてファンドを組成した上で、およそ$25,000~250,000程度の資金の投資を行う投資家。ベンチャーキャピタル(VC)とは成長ステージの早い時期に小額投資する点で、Startup Acceleratorとは必ずしも育成プログラムを行うわけではない点で異なっている。
創業期の中でもより早い段階でリスクマネーを投じ、起業家とビジネスの成長を促すことが2種類の投資家に共通する点だ。では、エコシステムの何をどのように変え、サイクルを速めたのだろうか。
Startup Accelerator業態を開発したY Combinator(YC)の育成プログラムを確認しよう。YC は、3か月後にベンチャー企業を劇的に良くすること(製品ユーザーが増えることor資金調達の選択肢を増やすこと)を目標に、大きく2つの支援策を用意する。支援策①は、何を製品とするかを決定するため何度でも行われるYCパートナー達(成功した起業家でもある)との個別面談。支援策②は、プログラムの参加者全員を対象とするイベント“Dinner(週1回の成功した起業家とのワークショップ)”、“Angel Day(エンジェル投資家からの個別指導)”、“Prototype Day(参加者による相互発表会)”、“Demo Day(投資家への発表の場)”の4種。
YCは毎年2回上記のプログラムを実施し、40~60社が参加する。申し込みは、起業家や創業チームの履歴書、アイディアあるいは製品内容(プロトタイプ)の提出であり、ビジネスプランではない。2011年には世界各国から1,000社を超える応募があったという。その中から資金提供(参加企業$11,000、創業メンバー一人当たり$3,000)を受けることになった企業家等は3か月シリコンバレーに滞在し、上述のプログラムに参加する。YC創業の2005年から2011年6月時点までに316社のベンチャー企業へ投資を行い、プログラム終了後に追加の資金調達に成功した企業の割合は94%に達し、DropboxをはじめとするICTベンチャー企業が生まれている。
著者も文中で指摘しているが、YCが行ってきたベンチャー企業の目利きやそれらのベンチャー企業の育成方法が際立っていることから、VC等のDue Diligenceを代替する役割も引き受けているとも考えられる。エコシステムを支えるプレイヤーの間がより緊密になるよう、新しいプレイヤーが登場したと理解してよさそうだ。
評者は、大学でプレインキュベーション段階の起業家育成を実践する。起業志望者を支援する現場で起業領域を問わずプロトタイプを考え、制作し、見直す価値の高さを実感している。中には資金調達に成功して起業し、またあるグループは社会実験期にある。他方で、日本におけるエコシステムの存在は認めるもののプレイヤー間の距離の遠さから、迅速な起業家と事業の成長を促せないジレンマも感じている。Startup Acceleratorは、起業が必ずしもアートではなく、事業の価値を高めるプログラムとして、再現性あるものであることを示している。企業人であり、大学人でもある著者であるからこそ、研究成果を実践の場へと展開されることを期待し、結びとしたい。(評者:鵜飼宏成)