2013/06/27
中央経済社刊『旬刊経理情報』2013.07.01号(No.1351)の巻頭言に『起業家としての素養』と題する小稿を掲載していただきました。
以下は、参考文献を記した同種内容の論考です。ご笑覧ください。
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『起業家としての素養』 愛知学院大学 経営学部教授 鵜飼宏成
社会の変革をもたらすイノベーションの担い手として「起業家」が注目されて久しい。多くの人は、現在の延長線上に発展への解がないと考えるからこそ、今までと異なる状態を切望しイノベーションを欲する。そもそもイノベーションは技術進歩ではなく、「価値次元の転換」を伴った創造的破壊をその本質とする。技術進歩が「できるか・できないか」であるのに対し、イノベーションは「思いつくか・思いつかないか」の世界である。だからこそ、「起業家」というヒトに注目が集まるのだ。
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アップルの創業者でiPodやiPhoneの生みの親であるスティーブ・ジョブズが起業家であることを疑う者はいないだろう。では、ジョブズのようなグループの人々は、起業家として生まれるのか、それとも、起業家になるのか?
私はヒトの能力について、「多元的知能論」を支持している。複数の知能が人類の遺産の一部として備わっている一方で、知能の程度や組み合わせは一人ひとり異なっている。遺伝的な要因によって、知能の発現や改善の程度に何らかの上限が設定されているが、現実には、生物学的限界に到達することはまずない。そして、ある知能における素材に十分浸ることによって、ほぼすべてのヒトがその領域において非常に優秀な結果を残すことができ、そうでなければその知能は発達しない。
起業家に求められる「創造的能力」についていえば、「伸ばすことができる能力」であるとする先行研究は多く存在し、どうやらイノベーションに必要な能力の約3分の2が学びを通じて習得できる。たとえば、15歳から22歳までの117組の双生児を調べたマートン・レズニコフ達は、10種類の創造性テストで一卵性双生児が出した結果を分析し、遺伝で説明できるのは僅か30%であることを明らかにした。
つまり、周りの環境が、そのヒトの知的潜在能力を発現する程度を決定するのに大きな役割を果たし、起業家は起業家として生まれるのではなく、起業家になる。
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では「起業家としての素養」とは何か?イノベーティブなアイデアを生み出すための「イノベータDNA」モデルという考え方がある。これは、約500名のイノベータ(起業家と考えてよい)と約5000名の経営幹部の比較研究を行ったクレイトン・クリステンセン達が、両者をはっきり区別する「発見力」スキルをもとに生み出したモデルだ。このモデルに従えば、起業家としての素養は3領域からなる。第一は斬新なインプットを組み合わせる認知的スキル「関連づけ思考」、第二は行動的スキルの「質問力」「観察力」「ネットワーク力」「実験力」の4つで、関連づけ思考の呼び水になる。そして、第三は行動的スキルの呼び水、「現状を変える意志」と「自らの責任で果敢にリスクテイクする姿勢」である。
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クリステンセン達の研究はもう一つ重要な発見をしている。「イノベーティブな起業家(兼CEO)は、イノベーションを生み出した実績のないCEOに比べ、発見にかかわる行動(質問、観察、実験、ネットワーキング)に1.5倍もの時間を費やしていた」という。私はこの事実から、行動を促す「志」が「起業家になる」鍵と診る。読者の皆さんはどのようにお考えになるだろうか?
(参考文献)
ハワード・カーズナー著、黒上晴夫監訳『多元的知能の世界―MI 理論の活用と可能性』日本文教出版、2003 年
クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーゼン共著、櫻井祐子訳『イノベーションのDNA』翔泳社、2012年
楠木建著「クリステンセンが再発見したイノベーションの本質」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2013年6月号