2010/02/07
『起業家の本質(For Entrepreneurs Only: Success Strategies for Anyone Starting or Growing a Business)』(板庇明・訳、2006年、英治出版刊)という本がある。私は、旧訳の『起業家秘伝』(CES 起業家育成チーム訳、1996年、一世出版刊)のころから、この本よりアントレプレナーシップ教育や支援に向けてのヒントを得てきた。著者は、全米で最も優れた起業家を表彰する「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」の生涯業績部門賞を1992年にし、「起業家の殿堂」に加わるウィルソン・ハーレルである。
ハーレルの言葉に「恐怖のクラブへようこそ」というものがある。ハーレルは、「恐怖とは起業家が予期したり、のがれたりすることができないもの」で、「(恐怖は)意思決定をするときに襲ってくる」。この恐怖を引き起こすのは、「金銭欲」や「失敗への恐れ」ではなく、「この世界に自分の印を記したい、自分の足跡を時の砂の上の残したい、という欲求」であり、「本当に恐れるのは、自分たちが単なる大衆の一員となり、人々から忘れ去られてしまうこと」ではないかと述べている。
私も小さな経験ながら、1999年にビジネスパートナーと創業した経験を持つ。当時の事業内容は別に譲るとして、「今この決断を下してよいのか?他に選択肢はないのか?」等の自問自答をしていた。確かに「恐怖」心と向き合っていたといえるだろう。そのような時、自分の判断を信じ、かつ走りながら機動的に修正することが欠かせなかったように思う。
現在、縁あって大学で研究する機会を得、アントレプレナーシップに関する先行研究をリビューする中から、この種の恐怖に向き合うために必要なネットワークがあると思えるようになった。もちろん、正解を得るためのネットワークではない。「絶えず自分自身を見直し、変化に対応できるようにするためのネットワーク」と言え、ネットワークへ関わる者の意識次第で、有効に働くことも全く有効でない場合もある。
金井壽宏は、『企業者ネットワーキングの世界』(1994年、白桃書房刊)で「フォーラム型」と「ダイアローグ型」の2種類のネットワークの存在を明らかにした。フォーラム型は、起業家にとり「人とのつながりを広げるためのツール」であり、参加者の便益は「起業家活動に必要な情報、資源、支援へのアクセスと思いがけない意外な発想やアイデアを広く得ること」である。ダイアローグ型は、起業家にとり「ほかでは(社内でも)しゃべれないことを深く共有し合う場」であり、参加者の便益は「起業家としての共通の懸念について同輩と深く対話すること」である。金井壽宏は、調査した米国の地域にフォーラム型とダイアローグ型のネットワーキング組織が複数存在し、アントレプレナーは多重に参加していることを明らかにしている。
起業家に関わるネットワークやネットワーキング組織が、文化特性をはなれて普遍性を持つかの結論は出されていないものの、私の経験に置き換えて言えば、起業家にとってのフォーラム型とダイアローグ型のネットワークは、普遍性のあるものと思っている。私自身は、起業家的な活動が求められる者すべてにこの2種類のネットワークを意識することが重要との立場をとる。
2月に入り、立て続けに「中部財界セミナー」「名古屋産業人クラブ」のイベントに参加する機会を得た。これら2つは、「フォーラム型ネットワーク」であり、実際に参加してみて、「人とのつながりを広げるためのツール」であり、「起業家活動に必要な情報、資源、支援へのアクセスと思いがけない意外な発想やアイデアを広く得ること」が実際に機能している現場に立ち会った。商品開発等の連携を通じた成果だけが成果ではなく、新たな気づきを得て自分自身の今までの方法を見直していくことも成果である。ちなみに、今回中部財界セミナーに参加してみて、私は。異業種で刺激しあい、解決策を模索するべき低酸素型社会の実現に向けて、今どのような考え方をし、何を成さねばならないかのヒントいただけたと思っている。
他方、私は「経営品格塾」というネットワークに参加している。参加者は、起業家、社会起業家が中心であり、月に1回は必ず集まり話し合い、時には合宿も開いている。これはどちらかと言えばダイアローグ型のネットワークであり、私自身の「ほかでは(社内でも)しゃべれないことを深く共有し合う場」になっている。もちろんフォーラム型の要素もあり、未来デザインのヒントを得ている。参加すると、いつも元気になっている不思議なネットワークである。通念と異なる視点で物事を捉える集団であるがゆえに、安らぎと刺激の両方をいただけているのだと確信している。
フォーラム型ネットワークとダイアログ型ネットワーク。改めて考えると非常に重要な要素を秘めている。「人は一人では生きていくことはできない」がゆえに、関わりの中で「生かされている」ということを改めて思う。
ここ数年、大学における起業家教育手法の開発と実践が中心になり、視野が狭くなっていた。こんな時には、積極的にフォーラム型ネットワークに加わることに意義がある。